2016年04月27日
ももいろタンポポ

黄色じゃないんだよね~、このタンポポ

このお花も、かわいいでしょう


手をかすように知恵をかすこと 2014 (メモ2)
21世紀のいま、子どもが気管切開をしていたり、人工呼吸器をつけていても、医療的ケアという支援を受けながら、あたりまえに学校に通える時代になりつつある。彼らが15歳になった時、たとえ自分で呼吸ができなくても、全身を動かすことができなくても、指や舌や瞳で会話する支援を受けて高校生になることができる。
そうして99%の15歳があたりまえに高校へ行く時代。知的障害の子どもだけが、その道を閉ざされる。授業料を無償化し、障害に応じて点字や手話やエレベーター、人工呼吸器に看護師の配置まで支援して99%の子どもたちの高校生活を保障しつつ、知的障害の子どもには、空いている席にも座らせない。
私たちは、知的障害の子どもを、どのような子どもだと思っているのだろう。なんの努力もせずに、なにも考えず、遊んでばかりいたから、漢字も読めないと思っているのだろうか。小学校中学校の9年間で何ひとつ学ばなかったから、勉強ができないと思っているのだろうか。知的障害だから、何も分からず、何も感じず、何も学べないと思っているのだろうか。義務教育じゃないから?点数が取れないなら仕方ない?もし99人の子どもが1人の子どもとしゃべらず、仲間外れにしていたら、この社会の大人は、学校の先生は、子どもたちに何を話すだろう?いじめじゃない、その子がしゃべれないのだから仕方がない、と子どもたちがいうとき、大人はなんと答えることができるだろう。
◇15歳までの人生で、障害や貧困、虐待などの事情で、安心して勉強できる環境になかった子どもたちがいる。15歳の時点で、勉強ができない、といわれる、その1%の子どもたちの状況は、どう考えても、その子の責任ではない。子どもが自分一人の努力や力でがんばって克服できるものではない。障害や病気などの制限の中で、ひとりの子どもがどれほど真摯に生きてきたかを、点数で測ることはできない。その過酷な環境のなかで、どれほど懸命に生きてきたのかを知らず、点数だけで子どもを値踏みすることは教育ではない。その1%足らずの子どもを高校生にしないように、計画進学率、高校統廃合、入試制度は設計されている。99%の15歳があたりまえに高校へ行く時代。1%の子どもだけが、その道を閉ざされる。
私たちは、知的障害の子どもを、どのような子どもだと思っているのだろう。わたしが出会ってきた子どもたちはみんなふつうの子どもだった。見えない子も、聞こえない子も、歩けない子も、呼吸器をつけている子も、自閉症の子も、筋ジスの子も、ダウン症の子も、障害の違いがあるだけで、どの子も6歳のときには6歳の子どもだった。10歳のときには10歳のこどもだった。そして15歳になれば誰もが「こうこうにいく」と言った。
Posted by ももこ at
11:43
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2016年04月26日
「五歳のラビ」と「桃色たんぽぽ」


ラビは発言する時に、自分で手をあげられないので、支援してもらって発言します

5年前の春、mamaはめずらしい桃色たんぽぽを咲かせました

Posted by ももこ at
07:05
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2016年04月25日
「香川県立浪人生高等学校」12年生のらびです。

藤の花がきれいな季節になりました。

今年も高校浪人をすることになりました。
この一年間のmy teacherは、高校教諭の資格を持ったセンセイは、高校教育課の先生たちと受検する高校の先生たちです。
そして、ワタシを応援してくださっている方々を、my teacherとして、今年もがんばるラビ

ワタシの大好きなワニなつ先生の文章を紹介しましょう。
高校の受験と、大学の受験は、まったく違います。
高校の進学率は限りなく100%に近い数字です。
中学生の人生、実生活の中で、「中卒」という現実に出会うことは極めて稀です。
それに対して、短大は6%、大学も50%前後です。
それは「自分で選んでいい」というのが、誰の目にもあきらかな数字です。
私は、大学にも、知的障害のある人が学んでいたり働いている方が、豊かな研究ができると信じていますが、それはまた別の話。
高校で教育の仕事をしているにも関わらず、「高校受験」と「大学受験」の違いが、まったく分かっていない先生が大勢います。
「試験の点数」を取れなければ、不合格は当然、という「常識」を身につけすぎたことで、「差別」に鈍感になる人たちがいます。
試験の意味も、選抜の意味も、考えることができないのでしょう。
高校受験と大学受験の違いのいくつか。
高校は、後期中等教育といって、中等教育にあたります。
世界の子どもの人権の一つに、教育を受ける権利があります。
子どもには、誰でも、教育を受ける権利があります。
その教育とは、初等教育、中等教育です。
そして、これらの教育は、「無償」で受けられることが望ましいと世界中で考えられています。
ようやく日本でも、去年から高校の授業料が無償化されました。
(*この文章は、高校の授業料無償化の翌年に書かれています。)
また日本は学校を建てられない貧しい国とは違いますし、子どもの数が減り続けていますから、高校の数が足りないことはありません。
建物はある。先生もいる。授業料は無償。
日本に生まれた子どもは、小学校、中学校、高校で、教育を受ける権利が保障される準備ができています。
実際、養護学校高等部では、希望するすべての生徒が、高校生になれます。
100%です。
大学生のあなたが生まれるずっと前から、養護学校に通う障害児は100%高校進学が保障されてきたのです。
いわゆる「希望者全入」です。
しかも、高校生活を保障するために「就学奨励費」も支給されます。
就学奨励費の中身は以下のようなものです。
「手厚い」教育というのは、こうした面では本当です。
①教科書購入費、②学校給食費、③通学費、④帰省費、⑤職場実習費、⑥交流学習費、⑦寝具購入費、⑧日用品等購入費、⑨食費、⑩修学旅行費、⑪校外活動費、⑫宿泊学習費、⑬学用品購入費、⑭新入学用品費、⑮通学用品購入費
そう、学力テストの「点数が取れない」障害があっても、初等、中等教育は保障されるのが当たり前だから、この国では、普通学校よりお金のかかる養護学校を建設し維持しています。
私が不公平だと思うのは、養護学校ではなく、ただ兄弟や地域の友達と一緒に学びたいと、普通学級で教育を受けて、義務教育を終えた子どもたちだけが、高校への道を断たれ、切り捨てられていることです。
「障害」があるから不合格は、差別です。
では、障害のために「できない」ことを、理由にして不合格にするのは、なぜ「公平」と言えるのでしょうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
Y君は前期入試で、地域の全日制高校を受験しました。
2倍近い倍率で、不合格でした。
残念ですが、それはそれでありだと私は思います。
私は、障害児だから第一希望がかなうのが当然だと思っているわけではありません。
幸い、前期試験では、クラスの仲間の半分が不合格になります。志望校に落ちて、悔しい思いをすること、悲しい思いをすることもありだと私は思います。
後期入試でも、Y君は同じ全日制高校に挑戦しましたが、不合格でした。
この時点で、進路の決まっていない子は、ほとんどいません。
そして、この数日後が中学の卒業式。
卒業式の日に、進路が決まっていない生徒は、ほとんどいません。
「卒業おめでとう」という言葉が行き交うその日、行き場のない子どもの不安はどれほどのものでしょう。
卒業式の後、二次募集があります。
Y君は、定時制高校を受験しました。
受験者は定員以下でした。
しかし、Y君は不合格でした。
3月末、Y君は、最後のチャンスである「追加募集」の受験に挑戦しました。
20人募集の定時制高校で、受験者は2名でした。
これでようやく高校生になれると、私たちは願いました。
結果は不合格でした。
合格は一人。
定員はまだ19人空いています。
1クラスのまだ半分は空席です。
不合格の理由は、点数が取れない、からです。
それは、障害がある、から、ということに他なりません。
香川のらびさんは、8年間、定員内不合格という差別を受け続けています。
今年も高校生にはなれませんでした。
(*今から5年ほど前の文章です。今でもワタシは高校生になれていません

席が空いているバスや、レストランで、肌の色が違うからと、座ることを許されなかった社会と、これは何が違いますか?
肌の色という理由は差別で、試験で点数が取れないのは、「正当」だと、高校の校長が自信をもっているこの社会は、アパルトヘイトと同じです。
子どもの教育の仕事をしている人が、子どもの成長に関わることを生業としている人が、定員があいているのに、席があいているのに、つきあいたくない、座らせたくないからと、追い出す理由が、「点数」であり、学力である、ということ。
そして、その相手は、その「点数」をとることに「障害」がある子どもなのです。
これを不公平というのだと、私は思います。
Y君や、障害のある子どもたちが、「かわいそう」なのではありません。
私は、こんな「いかさま」で、ごく一部の子どもたちを、だましている社会に暮らしている自分が、悔しいのです。
「高校入試は公平だよ」
「受験する機会は、誰にも平等だよ」
「養護学校高等部なら、誰でも入れるよ。希望者全員、高校生になれるよ。高校生になりたいなら、養護学校に行きなさい」
その仕組みの中で、どれだけの親子が、「養護学校」を「選ばされている」ことか。
子どもに「教育」を受けさせてあげるために、親があきらめなければいけないものが、「地域」であり、「地域の友だち」、「兄妹とは別の小学校」です。
高校入試の話は、単に、「試験」の話ではありません。
「にんげんにとって
ほんとうのまずしさは、
しゃかいにみすてられ、
じぶんはだれからも
ひつようとされないとかんじることです」
(川口武久)
「障害」のある子どもが、小学校の6年間を同級生たちと一緒にどのように生きてきたか。
中学の3年間を仲間のなかでどのように生きてきたのか。
そうした暮らしの一秒さえ理解できず、「定員」が空いている教室の椅子を平気で片づける校長という人間が、「にんげんとして、ほんとうにまずしいにんげん」だということは確かなことだと、わたしは思います。
Posted by ももこ at
05:27
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2016年04月23日
「365日の紙飛行機」練習しています♪

*この楽譜は4年前に弾いた曲「うみ」です。
恒例の七夕コンサートの私の独奏曲は、「女子にも高等教育が必要!」と日本で初めての女子大学を創立した広岡浅子の物語「あさが来た」の主題歌「365日の紙飛行機」です。
あさは1849年、ワタシ1989年の10月生まれ、140歳の年の差です。
江戸・明治・大正を生き抜いたあさ、「九転十起」の人生だったそうな。
平成生まれのワタシは、「知的障害といわれる人にも、高校教育は必要!」と、「二十四転二十五起」の人生をめざします

♪♪~その距離を競うより
どう飛んだか どこを飛んだのか
それが一番 大切なんだ
さあ 心のままに~♪♪♪
https://www.youtube.com/watch?v=UO6FY4kJ4Y4
Posted by ももこ at
12:57
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2016年04月08日
昨日は、雨!入学式の日デシタ。

昨日は高校の入学式の日でした。
ワタシは今年も合格しなかったので、神様がワタシのために泣いてくださいました。
http://video.search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%83%86%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%94%84&tid=21adaa4c219b0f87ebed9eaa836ffbb8&ei=UTF-8&rkf=2&dd=1
写真は4年前の弘前城の桜です。グッドタイミングの東北旅行でした。

Posted by ももこ at
16:02
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2016年04月01日
☆☆女子会☆☆参加★

不合格発表の次の日。mamaの女子会があった。その会にワタシも招待されていた。
mamaはテンシノオヤブンをやっていて、そのメンバーたちの集まりだ。もし、合格していたらみんなの前で、ワタシはカミングアウトするつもりだったけれど・・・・・。
テンシノオヤブン1号には、セラピー犬として育てられた、ラブラドールとプードルの良いところを受け継いだTAークンがいる。
ランチの前にテンシノオヤブン1号宅で、TA-クンと遊んでこの悲しみを癒してもらった。
テンシノオヤブンたちが、教えている原則は、①安心安全に暮らせること②自立を支援すること③個人の尊厳をまもることです。
どうして、高校教育は、ショウガイノアルワタシの個人の尊厳をまもってくれないのだろう。分離の時代は終わったのに・・・。
社会参加を進めなければならないのに・・・。
ハヤク人間にニナリタイヨ~

12年間24回もお受検ていると、サスガにワタシを奇異なまなざしでみるセンセイはいなくなったけれどね

Posted by ももこ at
06:56
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