2010年09月26日
全国の仲間たち

9月11日(土)に大阪、9月23日(祝)に広島と東京で「障害者の権利条約(インクルーシブ教育)」についての講演会が開催されました。
それに参加された仲間からメールをいただきました。

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私は11日の大阪でのアリーチェ・イモラさんの講演会に参加させて頂きました。
23日の東京での講演会には東京道場の稽古生が参加してくれて、道場生からその様子をお聞きしました。
個人的には雇用の面から保障改善されたという歴史の部分に感心を持ちました。
最終的な子ども達の将来はどうなるのか?
障害児の親として親無き後の子どもの人生を考えると、その部分に感心がどうしてもいってしまいます。
今の特別支援教育というのは、自立や社会参加を名目としているものの、実際には障害児ばかり集めた学校に通わせ、その先は障害者ばかり集めた職場(作業所)に行くというのが多くの方がたどる現状だと思います。
分けた教育環境から、分けた職場環境へ行く現実のどこに社会参加があるのか?と疑問に思っています。
また実際に作業所や授産施設でバイトして見ましたが、療育の知識のない管理者のもと、支援らしきものもない職場環境の中、アルバイトのスタッフに仕事をやらされる感じで、軽度の方にばかり仕事の負担が集まり、時々暴れると力で抑えられている有様でした。
重度の方は、そうした軽度の方が作業したり怒鳴られたりしている中でただ時がたつのを待っている感じでした。
そうして耐え忍んだ一ヶ月の給料はたった1000円。一日でもなく、一時間でもなく、一ヶ月で1000円。
これが成人した社会人の仕事と言えるでしょうか?
私には、そこの施設は自宅に帰ることのできる刑務所のようなものであり、死ぬまでの時間つぶしのように写りました。また全部とは言いませんが、他の施設でもそこで働く障害者の給与は多くて、一ヶ月で3000円でした。
「障害のある子は、特別な支援が必要なのです。社会に出るまでの間、特別な教育環境を用意しましょう。」等としながらも、結局は最後まで社会に出ることがないように感じました。
また特別支援学校に関しては、進学率や就職率を問いかけていく必要もあると思います。
どんな高校でも専門学校でも、よりよい進学先や就職先を目指して、学校の質を上げる努力はしていると思います。これは単なる競争とかではなく、教育に関わる人たちがその子どもの能力や特性を最大限伸ばすための、いわば学校や先生側の質の問題だと思っています。
結局、ただ子守をして、後は作業所かどこか施設へ行ってくださいという流れでしなないなら、特別支援教育は詐欺ではないかとすら感じています。
愚痴が長くなってしまいましたが、本当の意味での社会参加ができる未来へ向けて改善努力をしていかなければならないと感じています。
Posted by ももこ at
03:35
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2010年09月25日
「国会議事堂見学」&「ブルーマン」・・・



先週の金曜日から2泊3日で東京にmamaの出張のオトモデpapa&nanaとの4人で飛行機に乗って東京に行ってきました。
「国会議事堂見学」で参議院の見学してきました。この日は、組閣の日で、総理官邸の前を通ったけれど、警視庁の警察官がいっぱい立ってました。
そして、「ブルーマン」を夜観て(サイコ!!みんなでフィーバー


翌日は東京おもちゃ美術館で遊び、mamaが研修を受けている間、われら三人は「キャッツ」を観に横浜へ~、その夜mamaと合流して、横浜中華街で中華堪能

幸せな家族旅行でした。

dodomama、ありがとう

Posted by ももこ at
02:21
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2010年09月17日
昨日のつづき~<2005年9月27日のブログ>

この写真はワタシが中学3年生12月20日に亡くなった、ワタシと一才年上で兄のような存在だったシーズーのドンタです。
ちなみに、mamaはドンタのことを”コマイヌのドンタ”といい、らびのことを”さぬきのグレーウサギ”と呼んだりしています

ドンタもらびも、ハンサムでしょう~。
ちなみに、mamaはワタシタチ娘をを”ハンサムな娘たち”と呼んでいます

実は、昨日のmamaブログのタイトルは
”昨日はお彼岸!「心霊写真はご先祖様からのメッセージ!その1」”
9月のお彼岸の次の日に書かれたブログだったんだ

今年も、やっと秋らしくなって彼岸花が咲くお彼岸がもうそこまできていますね

そして、「つづき」を書いた今日のタイトルは
”「心霊写真はご先祖様からのメッセージ!その2」”でした。
それでは、つづきをどうぞ・・・・
ここにその心霊写真をアップロードする事が出来たらどんなにか素晴らしいことか!・・・。などと、ふっとアホなことを考えてみたりしました。が、そのような恐ろしいことは私にはできません。
さて、私の友人から紹介された優秀な霊能者は非常にお忙しいので、予約を取るのに一回の電話ではなかなかつながらないらしい。10回以上はコールをして待ち、それでも出なければ、諦めずに何回でもチャレンジするようにというアドバイスを受け、そのままをO女史に伝えて電話番号を教えてあげる。
ところで、例の「心霊写真」、今年のバージョンはと言うと、木曽に旅行に行ったとき彼女の長男が山の中で取ってくれたそうな。木立の中に彼女が一人立ている。その彼女の顔がぼやけていたので、思わず「この人の方が恐い!(私には一目見て、その時それがO女史だと分からなかったほど写りが悪かった。)」とつぶやき、みんなのヒンシュクをかう。
一人木立の中に立っている彼女の右上から右側に彼女を包み込むように、袈裟を着た坊さまが立ていたり、数人の霊が写っているように見える。そして、その坊さまとO女史の間に例の加害者の苦しんでいる顔が見られるのである。わたしも、彼を一度見たことがあると思うので、彼女が言うように似ていると思った。が、全体の雰囲気としては恐いといった感じではなく、なにか彼女はその生き霊以外の霊達により守られているという雰囲気なのである。
そのとき、例会に参加していたみんなが見えたのであるから、きっと本当に写っているのだと思う。
さて、その日の夜、早速O女史から電話がかかってきた。彼女曰く「比較的かかりやすいと言われていた時間に優秀な霊能者さんに電話をしたら、10回もコールしない間に電話は通じて、心霊写真を見ていただきたいんですが・・・といって話したら、私の声を聴いただけで、ーあなたは元気だし別に悩んでいるご様子でもないし、今あなたを見る必要はないと思いますよ。その心霊写真の霊が悪さをすると言うこともないと思いますし、そういうものはお守りになったりすることもあるんですよ。悩んでいないあなたにお会いしても、わたしはあなたをみることができるので、あなたにとって知られたくないことをしられるわけで、私に会ってもなんの意味もないと思いますよ。-」と言うようなことを言われたそうです。
ということで、私たちが話し合った結論としては、生き霊として現れた加害者は他の霊(ご先祖様?)が、O女史に、「あなたは裁判で負けたけれど、裁判で勝った彼は今は加害者である罪の意識に苦しんでいる日々を送っているんだよ。」と言うことを知らせるために彼の顔を自分たちの霊と一緒に写真に写したのではないかと・・・。昨年の心霊写真では彼の顔だけを表したので、うまくメッーセージが伝わらなかったようで焼かれてしまい、今年はちゃんと伝わるように自分たちも霊として現れたというわけ!?ほんまかいな!!
チャンチャン!!というわけで、一件落着!
O女史はその写真をご先祖様からのメッセージとして後生大事にお守りにされるそうです。いやー、めでたし愛でたし。誠実に生きるものこそ強し!!
コメント

いつも、相手のこころを考えている、



私、じいちゃんやおかあさん(もきち父母)なら古家の座敷に座っててくれたらええなあ・・・久しぶりに話したい。


ポジティブな結論だけど、事実そうだとわたしも思います。
あっぱれですな
Posted by ももこ at
06:43
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2010年09月16日
やっと、秋らしく・・・

今年も、毛が生え変わっています

今年は、猛暑が長かったので、毛の生え変わりも昨年より遅いようです。
まだ、夏用の毛、背中にあります。ホンマアツカッタヨ~

これは、昨年のらびの毛です。

http://koukousei.ashita-sanuki.jp/e170246.html
これは、一昨年(2008年)の9月のブログです。ホンマ、時間がたつのが早いです。
「障害児を普通学校へ・全国連絡会」の年一回の全国交流会も、ワタシが中学3年生のときから参加しているので、広島・神戸・佐賀・愛媛・三重・東京と毎年各地へ行っています。去年は8月に東京。一昨年は9月に津(三重)に行っていたんだ。


http://koukousei.ashita-sanuki.jp/d2008-09.html
2005年からmamaはらびをアップするまでは個人ブログをかいていたので、私の浪人生活の記録があります。三日坊主に終わらないで、書き続けることができたのは読んでくれる皆様がいたからだと思うとmamaは言います。
mama、ワタシも二十歳になったことだし、そろそろ、記録をまとめる時にきたのでは・・・・・。
ガンバレ~!mama

タイトルは「これはケッシテ、フイクションデハありません。」
<2005年9月24日のブログ>
先日、2ヶ月に1回催される我が例会で、生まれて初めて心霊写真なる物を見せていただいた。いやー、霊には無頓着なわたくし(でも、昨年亡くなった我が家の愛犬シーズのドンタはこま犬の霊になって我が家族を見守っていてくれていると信じている。)にも老眼鏡をかけると、おっ!みえましたがなー。
この心霊写真の提供者O女史は香川県におけるセクハラ問題に取り組む第一人者といっても過言ではないお方。かつてここ香川の地でセクハラ裁判を経験した。、あのノックのセクハラ裁判で活躍された有名な(ああー、名前が出てこない)女性弁護士に途中から入っていただき香川県の若手の男性弁護士と2人弁護士体制で裁判を闘ったが、そこは2人だけの所でおこなわれ第三者の立証が難しいセクハラ事件、結局、セクハラ行為があったことは少しは認めたが、結果的には敗訴ということになってしまった。でも、彼女はけなげにも力強く生きており、この様なセクハラ問題で一人でも辛い思いをする人がいなくなるようにと全国のセクハラ被害者の会とネットワークを作り頑張っている。
そんな彼女のもとに、昨年の夏に引き続き今年も現れた「心霊写真」それも、写っているお顔は加害者であり、それもそのお人、現在生きている。でも、そのお顔は苦しみの表情・・・。昨年みてもらった霊能者さん曰く「それは生き霊」。「えっ!恨みに思っているのはこっちなのに、なんでよー?」とたずねると「あなたは健康で元気いっぱいだから生き霊にはなれない。彼は今身体が弱っているから、出てこれる」とのこと。「でもこれって、変!!逆恨みもいいとこ!」ということで、O女史その写真を霊能者さんに拝んでもらい、ご自身で焼いたとさ、そしたら、その苦しんでいるお顔が最後まで焼き残り、気持ちが悪くなり、これでもかーと、また火を付けたそうな・・・。そして遂に消滅。
ところが、拝んでいただいたはずなのに、その拝み力って賞味期限(?)があったのか1年間限定だったのか、今年も出てきたんだよねー。 そこで、困ったO女史もっと優秀な(?)霊脳者をご存じ亡ないかしらと、ワタシテキにはそんな世界とは最も遠いところで生きていると思っているのに、そんな私の元におたずねの電話・・・。
ところが、そんなわたし(子どもの名前をつける時でさえみてもらっていない私たち夫婦)なのに、なぜか優秀な霊能者の話を数ヶ月前に友人から聞いていた事を思い出して、早速その友人に電話をして、その霊能者をO女史に紹介するに至ったのでありました。
つづく
コメント


そっち方面は全く理解不能な分野なのですが、続き楽しみにしています。一度見てみたい!心霊写真。

Posted by ももこ at
04:24
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2010年09月15日
ワタシのさびしさ

”ワタシのさびしさ”に気づいてくれている人々<
mamaが声を大にして言ってくれています

ワニなつノートより~
この子がさびしくないように(その5)
『この子がさびしくないように』
このタイトルで文章を書きはじめて、
うまく言葉が書けなくなりました。
子どもの時から、自分がこだわり、知りたいと願い、
考えつづけてきたことはすべて、
そのためだったと、初めて気づいたような気がします。
そうとは自覚せずに、でも願ってきたのは、
ただそれだけのことだったのだと。
でも、本当のところ、自分がどんなふうに
モノを考えてきたのか。
どうやって、いまのところに辿りついたのか、考えています。
昔読んだ本をひっくり返していたら、次の記事が出てきました。
□ □ □
【コロンバス(米・オハイオ州)三十一日=AP】
四歳で精神薄弱者施設に入れられて九十九年間、
人生のほとんどを精神病院で過ごした老女が
三十日、死亡した。
百三歳だった。
しかし、なぜ施設に収容されたかは今もってはっきりせず、
米国内では二度とこんな悲惨なケースを
起こしてはならないという声が上がっている。
この老女はマーサ・ネルソンさん。
四歳のときにコロンバスの州立精神薄弱児施設に収容された。
その後、二十歳のときコロンバス州立オリエント病院に移され、
そこで六、七十歳になるまでせんたくや雑役に従事していた。
ここで問題なのは、なぜ四歳で収容されたかという点。
施設の記録は焼失し、身寄りもないため理由は全く不明で、
一九三五年のテストで知能指数27という記録があるだけ。
しかし同病院長のソフォレンコ博士は、
ネルソンさんがかなりの知能を必要とする仕事を
こなしていたことから、この指数も疑わしいと指摘、
さらに幼児で収容されたため、
知能の発達が遅れた可能性もあると述べている。
《昭和五十年二月一日・朝日新聞》
□ □ □
私は就学相談会で、
4歳の子ども、5歳の子ども、6歳の子どもが、
「さびしくないように」、みんなと一緒に、
家族と一緒に暮らす地域の小学校に行こうよと、
ただそれだけを伝えているのです。
この子がさびしくないように。
100歳までもさびしくないように。
私たちは、過去にさびしい人生を強いられてきた
無数の人たちの人生や、思いや、
そのかけらに、耳をかたむけ、
これから生まれてくる子どもたちが、
同じようなさびしさを繰り返さない道を
遺していきたいと思うのです。
Posted by ももこ at
06:35
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2010年09月13日
mamaとガッツな仲間達

mamaが代表(なぜに~弱小グループ『インクルージョン実践研究会』のmamaが代表かと言うと、”若いから”と言う理由だそうです。タシカニ。。。


みんなで担当を決めて、8市9町の市長さんや町長さんや副市長さんや議長さんや副議長さんや議会事務局長さんたち関係者にお会いしてお話してきたそうです。
先日の10日(金)には、香川で一番大きい高松市に行ってきました。

障害当事者の声を行政施策に~

新聞記事から活動を知ろう

20010年9月10日
23項目の改善を市長に要望/香川障害フォーラム
http://news.shikoku-np.co.jp/kagawa/locality/201009/20100911000110.htm
2009年9月30日
政策に声反映を/障害フォーラムが県に要望書
http://news.shikoku-np.co.jp/kagawa/administration/200910/20091001000135.htm
2009年5月31日
「障害フォーラム」設立/権利獲得へ10団体
http://news.shikoku-np.co.jp/kagawa/locality/200906/20090601000101.htm
Posted by ももこ at
02:51
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2010年09月08日
おばちゃんたち

mamaのお友達には元気なおばちゃんたちが多い

みんなウタレヅヨイ

おばちゃんたちは、しょぼくれてなんかない、住みやすい香川県をつくるためにがんばったから、また、前進するだろう

でも、おばちゃんが悲しい顔をしたときがある。ダムのクイウチ(コンクリート)が始まったそうだ。
寒霞渓の自然はどうなるのだろう~。
真実が見える島民がどうして、いじめられなければならないのだろう

島が泣いている

Posted by ももこ at
17:09
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2010年09月06日
ゴスペル&JazzchorFreiburg

あなぶきホール大ホールでcocoちゃんのゴスペルグループがドイツから来た「Jazzchor Freiburg」の前座で歌った。
nanaちゃんはお仕事だったので参加できなかった。残念!なかなか、あなぶきホール大ホールの舞台に立てるチャンスはないもんね。
4日の土曜日mamaと聴きに行った。
cocoちゃん、良かったよ


「Jazzchor Freiburg」もすっごくよかった!ゲストも最高でした!
Posted by ももこ at
23:46
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2010年09月04日
ゲゲゲのらび

絵本「きつねとうさぎ」より
ゲーテ曰く
「意志の力で成功しないときは
好機の到来を待つのみ 」・・・ある日の「ゲゲゲの女房」
4月から始まったNHKの朝の連ドラ「ゲゲゲの女房」も、9月の終了月になった。
mamaはもう少しで主婦暦30年になるんだけれど・・・、cocoちゃんが生まれた頃は「おしん」だったり、NHKの朝の連続ドラマは世の主婦たちを教育(?)してくれている、なんて考えたりしているとか~。
mamaが子どもの頃に読んだ「ゲゲゲの鬼太郎」の作者、水木しげるさんの左腕がないということは、ナニゲにしっていたような記憶があったが、毎日ドラマで水木さんちの様子をみると、いろいろと考えることがあるらしい。
mama的には、ワタシはいろいろ障害とよばれるものを持っているけれど、水木しげるさんのように、税金の払える障害者になってほしいそうだ。最低限健常者と同じぐらいの教育(98%の子どもたちが高校進学しているのだから)は受けさせてあげたいそうだ。ワタシにだって夢があるし、その夢に近づくためには教育をうけないと無理でしょう・・・・。

ゲゲゲの女房が背が高すぎて当時(戦後)は、お嫁の貰い手がなかったとき・・・・・
背の高いことでお見合いがダメになっとき。。。。。弟が言った言葉
「ミスユニバースは背が高くないとなれないし~、ねーちゃんは世界基準やからね」
それを見た後、mamaはnanaちゃんに言っていた。
「らびちゃんも、世界基準(インクルーシブ教育)を求めてますから

Posted by ももこ at
12:23
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