2011年03月30日
くりかえす定員内不合格

またしても、定員内不合格を出されました。

知的障害者への理解が足らないようです。同じ人間として認めて欲しいです。
テストで、はかれるものだけが「学力」、「学ぶ力」ではないと思います。
ワタシには学ぶ力「学力」がないと誰が判断したのですか

次のステージに行かなければなりません。もちろん、ワタシが夢をあきらめるわけではないので、みなさま、応援お願いいたします。

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16:40
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2011年03月29日
二次募集を受検しました!

昨日、スーツと中学校の時使っていたお姉ちゃんたちの時代から譲り受けたナップサック(nanaちゃんが、「なんで、中学校のナップなん?もっとかっこいいの持っていったら~」の質問に、mama曰く「これは丸亀市のプライドなんよ

mamaは4月から始まる仕事場の開所式があったので、ヘルパーのカオリンが私が受検していた間、控え室で待機してくれました。
私には言語が不自由な障害があるのですが、面接での介助は認められず、学校が責任をもってできるということなので、がんばってもらうことにしました。
明日の発表が楽しみです。mamaはいつまでもこんなことはしていられないと言っています。
ナンセ、昨年度は仕事をセーブしてmamaの収入は一昨年の2割しかなかったそうな。。。。。
インクルーシブ教育を求めると、なんの財政的な支援もないのよね~、反対に、負担がふえるだけ

こんな状態じゃ~、共生社会の実現など、ほど遠いとmamaは嘆いています

Posted by ももこ at
08:04
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2011年03月21日
香川県広聴広報課長より

不合格発表のあった翌日19日(土)に、香川県広聴広報課長から「県政について話そう」知事意見交換会参加者各位宛の文書、「県政について話そう」知事意見交換会(H23.3.6丸亀市)発言要旨がmamaに届いた。
mamaは、3月6日(日)に丸亀市で開催された「県政について話そう」知事意見交換会に出席した。相変らずのドジmamaで、当日はnanaちゃんの友人の結婚式だったので、宇多津の結婚式場までnanaちゃんを車で送っていき、その帰りに「県政について話そう」知事意見交換会の会場、生涯学習センターに行くつもりが、駐車場がいっぱいで置けないことに気がついた。
急遽、予定を変更して、自宅に帰り自転車で雨が降る中、ヒッシコで自転車をこぎ、5分前に会場に着いたそうな。

当然mamaは、最後の一人で、受付でいた顔見知りの丸亀社協の女性の方に、「イシカワさんって、イシカワさんやったん


丸亀市民の方、30人ぐらいが集まり知事との意見交換をされたそうな~。mamaがコミュニティー活動で顔を合わせているおじさまやおばさまが、かなりいらっしゃっていて、我が家のお隣の偉いおじさまもいらっしゃっていたとか~。mama、隣の奥様とcoop仲間です。mamaが仕事で留守の時は、mamaのかわりにカオリンと配送のお手伝いをしています。

まあ、なにはともあれ、様々な分野にわたり、かなり活発な意見交換となったそうです。でも、気になったのは、若い人が少なかったこととか・・・・。たぶんPTA会長以外(?)は、mamaより年上の方ばかりだったのではないかと~、男女比は2:1ぐらいかな~、でも、県の職員の方は見事に男性職員の方ばかりだったとか・・・。
会が終わった後、丸亀市の職員として参加されていた方が(nanaちゃんの同級生のおじちゃんで、奥さんはワタシの保育所時代の保育士さん)、なつかしそうにmamaに話しかけてきてくださったそうな。中学校のPTAやお姉ちゃんたちが小学校の時に参加していたジュニヤリーダーの担当職員として活躍されていたおじちゃんは、今では市役所で偉い人になっていて、がんばっていてくれているそうだ

ちなみに、この時の二人の話は、未だに結婚しない娘をもつ親のなげきにもいたったとか~
県が策定中の次期「総合計画」基本目標などをテーマに知事さんと直接意見交換をしたそうです。
県が策定中の次期「総合計画」の資料を読んでmamaは意見をのべたそうです。mamaの発言をうまくまとめてくださっているので
下記にアップします。

「県政について話そう」知事意見交換会
(H23.3.6丸亀市)発言要旨
NO.34
参加者の発言要旨
◎障害者の施策の中で、国が大きく動いているのが、国連において障害者の権利条約を批准するに当たって、法整備をいかにしていくかということである。国が動き出す前に、障害のある子どもと共に学ぶということを、丸亀市ではやってきた実績がある。障害のある子とない子が共に学ぶということを実現していくためには、やはり、教科書だけのではやれない。実績のある実践者の実績を通して、そういったことをやってきた先生たちの実績を拝見させていただいて、これから、日本においてのインクルーシブ教育ということを、香川県から発信していただきたい。いろいろな障害がありながらも苦労しながら生きてきた子ども、育ててきた親として、それをぜひ、香川県にはやっていただきたい。教育の充実の基本方針に、インクルーシブ教育をやりたいということを明記していただきたい。
◎日本は分離教育なので、いったん分離した中でまたもとに戻しましょうというのが今の動きである。施設に入っている人たちを、地域で支援しながら、地域での生活をみんなで支えていきましょうという流れなのだが、これから生まれ作る赤ちゃんや、今から巣立っていく子どもたちに関しては、まず、はずさない、地域がその子たちを育てていくというところからのスタートで共につくっていくという視点を、ぜひ、盛り込んでいただきたい。ここ(「総合計画」の健康・福祉の充実)には、いったん分離した人を元に戻していきましょうということだけしか書かれていない。そういうところにも、今から取り組んでいただきたい。
知事の発言要旨
◎障害のある子どもの教育について、この文面で、必ずしも分離してということを意図しているとは思っていないが、いずれにせよ、教育の段階で、障害のある子どもが通常の学級で学ぶ場合に、特別教育支援員とか、移動補助とか、学習上のサポートをやっており、全てに行き届いていないかもしれないが、それなりにやっていると理解している。今、教育基本計画も同時に議論しているので、それとあわせて、この総合基本計画も同時に議論しているので、それとあわせて、この総合計画においても、そういった、分離してという形でないような方向ができるように、教育委員会とも議論していきたい。
NO.35
参加者の発言要旨
◎文化芸術・スポーツの振興ということで、スペシャルオリンピックスという、障害のある方の国際的なスパーツの組織がある。ここ(「総合計画」)に書かれているスポーツの振興は、スポーツによってトップを目指せというような思想でしかない。スペシャルオリンピックスが求めているものは、能力を伸ばすことはもちろん必要だけれども、障害のない方とある方と共にスポーツをすることによって、障害者理解を深めていくということで、障害者理解の一番大切なことは、ふれあうこと、その人を知ることで、そこから始まる。スポーツは、ただ強くなることだけを奨励するものではなくて、スポーツを通して絆をつくっていく、それも、障害者との絆づくりも大切にしますよということも、盛り込んでいただきたい。
知事の発言要旨
◎スポーツの振興は、確かに、これ(「総合計画」)を読むと競技力の向上みたいなものばかり見えて、トップアスリートといった点が強調されているが、私ども気持ちとしては、やはり、そういうスポーツだけではなくて、地域で高齢の方も含めて楽しむスポーツ、スポーツというのは何もトップを目指すだけでなく、あるいはプロを応援するだけでなく、自分たちで楽しむスポーツという観点も持っているつもりだが、少し文書上では読み取れないという点、検討させていただければと思う。
動画で見られます。

http://www.pref.kagawa.jp/chiji/ikenkoukankai/23_3_6.shtml
「県政について話そう」知事意見交換会(丸亀市・その5)《香川県》

後半にmamaが発言しています

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11:53
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2011年03月19日
2011年03月18日
不合格でした↓


インクルーシブ教育実践者として、ショウガイのある人たちへの正しい理解が深まりますように、また、ワタシの夢「デザインの勉強をすること」がかなえられますように~、
まだまだがんばります。

不合格発表の後、papaは仕事がお休みだったので、ワタシたちと一緒に善通寺第一高校の校長先生と教頭先生にお会いして、ワタシが高校でデザインの勉強ができる方法を考えてもらうようにお願いしてきた。
mamaはワタシの持っている様々なショウガイゆえに常に不合格となることの原因(不適切な選抜方法)を取り除いてもらいたいと毎年要望しているが、今年も校長先生曰く、「県教育委員会の細目に従って自分は選抜決定をしただけ」とのお言葉であるが、全国的には、細目は同じでも合格している障害者がいるわけなので、もっと、障害者への深い理解をお願いしたいものです。

Posted by ももこ at
15:30
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2011年03月10日
7年目の受検二日目、無事終了☆

22年前、生後6ヶ月ごろのワタシとmamaです。
2人とも若い

1月22日から気管に入れていた管も、体重が3000グラムを超えたので,2月19日(生後4ヶ月)に取れ呼吸も楽になり、2月23日には酸素を入れていた保育器からも出ることができました。

でも、まだ、ミルクを入れるための管は鼻に通しています。
この赤ちゃんが、高校受検を7年間も続けてできる人間となりました。

今日も、みんながんばることができたと思う。

あとは、18日に天の声を待つのみである。
天さんがんばってよ~

ちなみに、一月ほど前、パソコン教室に行っていて丸亀駅に車で迎えにmamaに来てもらって帰っていたら、保育所よりも、小学校よりも、中学校よりも近い、毎回二次募集で定員内不合格

障害者制度改革推進会議委員の東大の長瀬先生の講演会に来ていただいた時にお会いして以来だったので、mamaは車を止めて挨拶をした。
「せんせい~、今年も高校受験しますので~、全日制がダメだったら二次募集で、また、今年も丸高の定時制受けますからね。よろしくお願いします。」
とmamaが言うと。
「どこを受けられるんですか?」
とたずねられた。
「ワタシたちは、ぶれないのでづーとデザイン科(1、2年目は善通寺西高で、高校の統廃合により3.4、5、6、7年目は善通寺第一)一筋です。」
「そうですか~、でも、お母さん、まだ落ちると決まったわけではないし・・・・。そんな落ちた時のことなど言わないで・・・・。」
などとおっしゃった。
mama的には、この可能性もなきにきもあらずなので。。。。。
まあ、不吉なことは考えずに~・・・。やるだけのことはやったよmama

今年の面接、今までの中では一番できたと思います

参考 http://syougaijimogakkouhekagawa.ashita-sanuki.jp/e388373.html
かいとくんのお母さんが書いた、『6歳になったこの子へ (6歳になったかいとくんへ)』の文章を、「保育園」を「保育所・小学校・中学校」に、「特別な教室」を「養護学校高等部」にして、読んでいただくと、より理解が深まると思います。
高校も無償化の時代に入りました。
Posted by ももこ at
02:28
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2011年03月09日
7年目の受検一日目、無事終了☆

nanaちゃんが小学校6年生のときに同級生のnaoちゃんmamaからいただいた”naoちゃんのラン”(我が家ではそう呼んでいる)が、15年目の今年も咲いています。毎年咲いてリビングの出窓を飾ってくれます。

ワタシが小学1年生の時、nanaちゃんは小学6年生で、nanaちゃんのお友達もワタシをとってもかわいがってくれました。あのころはホントウにインクルーシブ教育の小学校だったなあ

千葉からうれしい便りがありました。

おめでとう!あいちゃん

ワタシ(たちも


2011/3/8 9:29
合格\(^o^)/ 0点でも高校へ
--------------------------------------------------------------------------------
合格速報(^.^)/~~~
あいちゃん。希望の高校に合格しましたぁ~~~(>_<)
あちこち、メールしまくって、北村小夜さんにも電話しちゃった。
あと、誰に報告しようか、アドレスを探したけれど、もともとあんまり友だちがいない(・_・;)
で、あいちゃんを知ってても知らなくてもいいから、ここに報告です。
9年前に、就学相談会で出会った、一人の女の子が、高校に合格しました。
毎年、夏の合宿で一緒に遊んだ女の子が、昼間の高校に合格しました。
4月から高校生になります。
小学校の入学の相談会で、「0点でも高校に行こうね」と、話した子どもが、毎年、高校生になっていきます。去年のまなちゃんも、そうでした。
今年の就学相談会でも、「小学校は地域の普通学級に行こうね。そして、中学も、高校も、ふつうに行こうね~~」と自信をもって話せます。
あいちゃん、ありがとう。おめでとう。
あいちゃんのお母さん、おめでとう。ありがとう。
Posted by ももこ at
00:22
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2011年03月05日
mamaはフツウの母なんだけど~

3月3日は、maーちゃんの高校の卒業式だった。maーちゃんは小学校の時にお医者さんだったお父さんをガンで亡くした。ma-ちゃんにはお兄ちゃんとお姉ちゃんがいてお兄ちゃんとcocoちゃんは小中学校と同級生だった。お兄ちゃんはお父さんと約束した消防士になって、同級生と結婚して今では赤ちゃんもいる。おばちゃんは大学生・高校生・小学生だった三人の子どもをおじちゃんが亡くなってからは一人で育てた。末っ子のma-ちゃんもめでたく高校を卒業して4月には大学生になる。
おばちゃんは、cocoちゃんと同級生のmiーちゃんのmamaがつくってくれた生花のコサージュをつけて卒業式に出席した帰りに、あまりにきれいなコサージュなので、mamaに見せに来てくれた。
mi-ちゃんのおばちゃんは、mamaに生花のコサージュの作り方を教えてくれたので、私たち娘の学校の卒業式にmamaは生花でコサージュを作って襟元に飾って出席していた。
あの頃を、懐かしくmamaは思い出していたみたいだ

ma-ちゃんのおばちゃん、子育てがんばったね、おめでとう


mamaたちは、自分の子どもだけでなく、みんなの子どもたちの幸せを願っている

~ひさびさ、ワニなつノートから・・・・
社会的入学とTくんの笑顔 この子がさびしくないように
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社会的入学とTくんの笑顔
『「べてるの家」から吹く風』の最初に、中国の精神障害者をルポした写真集のことが書かれています。
【…10億人を超す中国では、かつて精神病院は体制に従わない政治犯や知識人を収容し、思想改造を迫る装置としても用いられてきた。そして、今も高度経済成長という発展の陰で精神病者は「忘れられた人々」として悲惨な状況に置かれている。
しかし、日本の精神病院の病床数が、その中国をはるかに上回っているとい事実は、意外に知られていない。世界の精神科病床の約二割は日本に集中しているといわれている。
世界中の国々が精神科病床の削減に取り組むなかで、高度経済成長の足手まといになるといわんばかりに、日本だけが病床を増やし患者を収容し続けてきた。
今や入院患者33万人のうち、私の感触では6割以上の患者がいわゆる社会的入院・・・地域に受け皿があればいつでも退院可能な患者・・・という状況となり、病院は「医師・看護師付きの下宿」と化した。国際的にもWHOから改善を勧告されるほど大きな社会問題となっている。】
□ □ □
途中までは、「精神障害」の人たちの状況を思い浮かべながら読むのですが、「社会的入院」という言葉で、いつも「子どもたち」の方へスイッチが切り替わります。
「社会的入院」という言葉、それが私の頭の中で、「社会的入学(通級)」という言葉に変換されるのです。
「地域に受け皿があればいつでも退院可能な患者」
その人たちの状況を、「社会的入院」というなら、「地域の普通学級に受け皿があれば、いつでも入学可能な子ども」たちは、「社会的入学(通級)」と言えます。
本当は、地域の小学校に通いたい。
可能なら、普通学級でみんなと一緒に学びたい。
そういう願いを持たない「子ども」がいるでしょうか?
そういう願いを持たない親がいるでしょうか。
それに反対する特別支援教育の関係者や教育委員会の人たちは、よく「みんな一緒」は「理想」だと言います。そして、「でも現実にはまだ環境が整っていない」「まだ早い」と、結局は多くの子どもたちを特別支援教育に囲い込むのです。
ほとんどの場合、子どもには「決定権」はありません。それどころか「意見表明権」さえありません。この件に関しては、親にもその権利がありません。
子どもには「教育を受ける権利」があり、親には子どもに「教育を受けさせる義務」があります。
それなのに、どの学校で教育を受けたいかを決める権利が、当事者である子どもにも親にもない。
そんなおかしなことが教育の世界では、当たり前とされています。
山崎恵さんの裁判もそうでした。
《どの学校に措置するかは「教育長」の権限であり、どの学級にするかは「校長」の権限だと。
だから、親と子どもの主張は通らないという判決。》
判決もおかしいし、裁判の基準となる「法律」もおかしいのです。
考えたら、最近は、学区を越えて学校を選択できるところが増えています。いわゆる「学校選択」という言葉が当たり前のように言われます。
しかし、その選択する権利を使えるのは、障害のない子どもたちだけで、相変わらず、障害児は「就学時健康診断」等で、分けられます。
やはり、選べないことも、無理矢理選ばされることも、障害者差別なのです。
そんな社会のなかで、Tくんは、小学校2年生で、特殊学級に移されたのでした。
でも、Tくんは、普通学級に戻りたいという希望をあきらめませんでした。
みんなと一緒の場所に帰るために、ずっとずっとただ願い続けたのです。希望を持ち続けたのです。自分に準備された「学級」を、ここは自分の居場所ではないと、拒み続けました。
あきらめて、そこで順応するのではなく、自分の希望をにぎりしめて決して手放しませんでした。
特殊学級の先生から、病院に行って薬を飲むようにいわれても、実際に病院で薬を飲まされても、そして、彼が希望を捨てないことで逆に増え続ける薬の量にも負けず、彼は「みんなと一緒の場所」を求め続けました。
彼が、7歳から願い続けた場所に戻れたのは、中学3年の12月でした。
そして、この2月、普通高校を受験し、見事に合格しました。
8年間、希望を持ち続けたこと。
8年間、みんなと一緒をあきめなかったこと。
私は彼の希望の強さ、思いの強さを心から尊敬します。
そして、こうした場面で、私が間違いやすい落とし穴は、「親がもう少しがんばってくれていれば…」と思ってしまうことです。
確かに、今は親が意志を貫けば、普通学級に入ることも、特別支援級から普通に転籍することも、制度上は可能です。でも、それはあくまで「意志を貫く」根性?がなければなりません。相談会で、最後まで私の話にうなずいて聞いた後で、「でも、それは『逆らう』ことになりますよね」と言ってさびしそうに帰っていく人がいました。
去年の、全国連の全国交流集会で、ある新聞記者の方が、熱心に取材にきていました。普通学級を希望する親の声を聞きたい、ということでした。交流会の後、全国各地の人が集まり、思い思いに「普通学級」について語りました。
でも、そこでの話は、私も含めて、運動的な話しが強くなります。
翌日、その人と話したとき、もう少し「ふつうの親の声を聞きたい、ふつうの親の思いを知りたい」と言われ、言われることの半分はわかりながら、残りの半分はずっと引っかかっていました。
「みなさんの話はよく分かるけど、聞いていると、それでは『運動をする親』『強い覚悟をもった親』でないと、普通学級には行けないことになる。そうではなくて、ごくフツウに、普通学級に通わせている親の話を聞きたい…」というようなことでした。
場所が全国集会の会場で、それなりに活動してきた人、運動してきた人が多いのだから、そういう意味では確かに「ごくふつうのお母さん」というのとは違うかもしれません。
でも、残りの半分で思うのです。
強くなく、覚悟もなく、ただ一緒がいいなあと思うだけで、子どもを普通学級に入れられる親がいるだろうか?と。
どんなに、ただのふつうのお母さんに見える人でも、どんなに弱々しく見えるお母さんでも、教育委員会や先生に一言も反論できず、うつむいているお母さんでも、
「子どものためには、どうしても譲れない思い」を、ちゃんと持っているお母さんでなければ、いま、障害のある子どもを、特に重い障害のある子どもを、普通学級に通わせ続けることはできないと思うのです。
だから、あの記者の人は、どうしたって、そんな「お母さんの」話を聞くことはできないような気がするのです。
話がそれました。
最初にお母さんからT君のことを聞いたときも、薬をいっぱい飲んでいることを聞いたときも、私の心の中ではつい、「お母さんがしっかりしなきゃ子どもを守れないよ」と思うのです。いえ、心の中では、もっと強くお母さんに対して、「ちゃんと子どもの思いを聞いてあげろよ」と強く思ってしまうのです。「学校の先生や医者の言いなりに、薬なんて飲ませるなよ」と思うのです。
もちろん、直接責めることは言いません。言わないけれど、やはり「思ってしまう」ことは、あります。
でも、それは、私の「まちがい」だと思うのです。
高校の合格発表の日、受験した子どもたちはみんな県教委に集まります。
合格した子は合格の報告をします。その後、不合格の子は、どうして不合格なのか、そして次の受験に向けての話が延々と続きます。
毎年思うのですが、普通なら、合格した子どもは早く家に帰って、お祝いしたいだろうと思うのです。家でのんびり、ほっとしたいと思うのです。でも、毎年、合格した子どもは、不合格だった子どもと並んで、暗くなるまで話し合いの場所にいてくれます。「みんなが一緒に合格するのでなければ喜べない」と、そこにいる姿でわかります。
そのなかでT君が、発表までの緊張と一日の疲れのなか、あくびを抑えているときに、となりのお母さんと目が合った時に、照れくさそうに笑った顔をみたとき、私は思ったのです。
「ああ、大事にされてきたんだな」
障害あるから特殊学級にいけと、小学校1年生で言われ、特殊学級の担任からは病院に行って薬を飲ませろと言われ、子どもは学校に行かなくなり、そんな苦労の年月の中で、ああ、この子はお母さんに大事にされている思いを抱き続けてきたんだなと思いました。
すべては、子どものためと信じて、特殊学級に移り、子どもを大事に思って薬をのませ、子どものために、いろんな機関を回ってきたのです。
そのお母さんの自分への思いを、この子は感じてきたんだなと思いました。
そうでなければ、お母さんと目があった瞬間の、彼のあの笑顔はあり得ないよな、と思うくらい、すてきな笑顔でした。
Posted by ももこ at
01:15
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2011年03月03日
桃のお節句のプレゼント

mamaとマロンさんからのエールです。

http://www.tokiwaradiostep.com/
2011.2.28mon/マロンの潮風radio「サクラ咲け」
アクセスして「サクラ咲け」をクリックください。
mamaの声が聞こえるよ

大好きな、嵐の歌もね

1曲目 「A・RA・SHI」 2曲目 「君のために僕がいる」 三曲目 「風の向こうへ」
四曲目 「サクラ咲け」
来週の高校受検がんばるラビ

そして、みんなもがんばってよ

追伸
「思い出のアルバム」

http://www.youtube.com/watch?v=DP68_ZaB5BE&feature=related
保育所のとき、みんなでうたったなあ~

Posted by ももこ at
17:35
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2011年03月02日
スノーシューイング体験i(大山)



日曜日にバスツアーで、大山鏡ヶ成スキー場へ行ってきました。
昔、ワタシが小学生だった時、家族で鏡ヶ成の国民宿舎に泊りがけでにスキーに行きました。私はソリで遊びました。車で行ったのでドンタも連れて行きました。雪山は久しぶりなので、懐かしかったです。

今回は、SOのウインターゲームで、雪の無い国のアスリートたちが冬季大会に参加できる競技、スノーシューイングを体験してきたよ。
SO香川のアスリートやファミリー、コーチ、ボランティアも参加してのプログラム、みんなでリレー大会もしました。

スノーシューの起源ははっきりしていませんtが、約6000年前の中央アジアにあるとも、カナダやアメリカの先住民が狩猟に使用していたのが始まりとも言われています。まあ、西洋かんじきという物でしょうか~

ふわふわの深い雪の上をスノーシューで歩くと、雪の上に”浮いている”ようでした。

Posted by ももこ at
22:54
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2011年03月02日
ワタシの絵”春かな?”

2006年の3月、一浪の時に100キンで買ったコルクボードに描いた絵です。
しんか展に入選した時、額を作ってもらいました

今年のコミュニティの文化祭に出品しました。みんな、ほめてくれたよ

日めくりカレンダーの31日の絵です。毎月見れないけどね~

Posted by ももこ at
01:15
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