2010年03月19日

カオリンが泣いた

カオリンが泣いた

mamaは教育委員会や高校の先生と話し合いをする時に、話をしていてあまりの理不尽さ(「事実は小説より奇なり」:世の中の実際の出来事は、虚構の小説よりもかえって奇妙不可思議である。)によく泣く。きっと、mamaのナミダなど見飽きただろう。nanaちゃんは、「そんな人たちの前で泣くなフッン、くやしいやろ泣き」と言う。

しかし、mamaは母なので、障害がありながらこんなにがんばっている我が子を思うと、どうしてもナミダが出るらしい。

ワタシのために泣いてくれる人はたくさんいる。メロメロ

昨日は、合格発表の日だった。定員はオーバーしていた。
みんなは、現在の選抜方法を維持したまま、合否の資料とされるものはすべて、障害があるために得点化することができていないことに対して、シカタガナイことであると、自分たちは長い間の要求があってもシステムを変えるつもりはないという。(自分たちには変えられる力がないと言う。ホントウダロウカ?)

mamaの障害のある人がノーマライゼーションの学校生活や社会生活を送っていることへの評価は高い。なぜなら、障害をもっていない子どもも2人育てたので、障害のある子どもがノーマライゼーションの学校生活を送ることがどんなに大変かを知っている。

mamaはお姉ちゃんたちに言う

「らびちゃんに知的障害と言語障害がなければ三姉妹のうちで一番よくできる子どもやったのになあ、点数が取れないのは障害のためなのに・・・」

coco&nanaちゃんもその言葉を聞いて、うなずく。

「ホンマそうやと思う。すごい努力家やし、意志も強いし、人を動かす力もあるし、やさしいし・・・。私たちそれなりに大学出ているけど、らびちゃんに、知的障害や言語障害がなかったら高校も大学も、私たちより難易度の高いところに受かっていると思うわ・・・」

と、mamaにある意味ケナサレテいるのにふたりで納得している。


カオリンとmamaとワタシの三人で、合格発表の後、受けた高校の校長先生と教頭先生にどうして不合格なのかを聞いた。私たちは、毎年不合格を出されるたびに関係者に話を聞く。毎年、ほんの少しの改善しか見ることができないが、ここ2年間は当日のワタシに対する対応は良くなった。でも、今年、ワタシが2日間受検している間、控え室で待っていたmamaにとっては、最悪だったらしいけどねオドロキ


高校での話し合いの後、元気をとりもどすために三人でジジにランチに行った。ジジのおいしいたべものとかわい暖か雰囲気が傷ついた私たちを癒してくれた。

仲間達に、不合格の報告をしたら、午後からaーちゃん&mamaが一緒に、県教育委員会に話をしに行ってくれることになった。私たちはおじいちゃんの昼食を買って(すっかり、おじいちゃんのお昼ご飯のことを忘れていた
汗)家に帰り、それからシンクタンクに報告に行き、県教育委員会に行った。

今のK高校教育課長補佐さんとは、ワタシの一回目の受検時からの顔見知りで今年度から課長補佐となり偉くなられたようだ。kさんは過去にmamaがどんなに教育関係者にふりまわされたか良く知っている。
そういえば、mamaが4年前cocoちゃんが大学の卒業式に着る振袖を持って大阪行きのバスに乗る前に、後から出てきた書類をもらいに当時担当だったkさんに会いに行ったことがあったそうな。”ありえない話”今年度バージョンを話したら、「ホンマらびmamaさんはやさしいなあ~」とへんなところで感心された。いつまでもmamaってやさしくないしガーン、mamaに育てられたワタシは良く知っているけど。。。。。

”ありえない話”を語れば、「ケッシテ、この話はフィクションではありません。」と注意書きが必要だと思うぐらい、数々の”ありえない話”は蓄積できてくるので、ひょっとしたら世の中バイロンが言うように
「事実は小説より奇なり」ということかもしれないとmamaは言う。

26日にワタシたちは申し入れをしたが、25日に出された書類の文言は撤回されることなく、「障害児・者にとって真に公平公正な選抜システムは機能」しなかったのである。

カオリンは、k課長補佐の言葉を聞きながら、ワタシタチの前で初めてナミダを見せた。

mamaは、カオリンのナミダを思い出しながら、静かに考えている。「今、何が必要なのか。」

~応援メール届いてます。~

そうでしたか。昼間、Tさんと「らびちゃん、今日だね」と話してました。

らびちゃんも、今回努力してきたし、mamaも今できることはこれ以上ないていうくらいやってきたと思う。
まわりにいる人はみんなそれを知っているよ〓。

扉が錆びついて開かないんだ…〓くやしいね

定時制のほうも出すんですよね
しっかり結果を見ていきたいです。
応援しています



この記事へのコメント
ここで「へこたれずにがんばって」なんて、私にはとても言えない。

香川県の教育委員会や高校のありかたには、私もとても腹をたてているけど

ここで「がんばって」と言うと、らびさんはもう一度高校受験に挑戦してしまうようで…
ホントならもう高校を卒業している年齢のらびさんがいつまでも挑戦し続けるのは、らびさんの幸せにつながるの?
「ホントだったら今ごろは何をしているか」ってのを考えて次の段階の挑戦をしても良いのでは?

今までチャレンジし続けてくれたのは、ありがたいと思っています。

でも、らびさんにこれ以上の回り道をおすすめしたくはありません。
Posted by やぶくん at 2010年03月19日 16:44
やぶくん>ご心配のコメントアリガトウゴザイマス。

もちろん、受かるまでがんばりますよ!
何をもって”回り道”とおっしゃっているのかわかりませんが・・・。

ワタシは”曲げられない女”ですから。
nanaちゃんに言わせたら、ここまでやって止めたらホントの「アホ」やで~

mamaは教育ママゴンではないので、だいじょうぶです。
ワタシは高校生にはなれていないけれど、私のことを理解してもらうために多くの高校の先生に会います。そして、一年に何回か母校の先生にも会います。
ワタシは学校も先生も大好きです。
Posted by らび at 2010年03月19日 17:19
やぶくん>コメントありがとうございます。

人にはそれぞれの生き方があります。香川県では真の意味のノーマライゼーション教育が行なわれていないです。この理念はすべての人々の幸せにつながります。
多くの困難や苦しさを乗り越えて、また、自分の中の”差別”に気づかされることにより変わっていく教師たちを私たちはたくさん見てきました。

ノーマライゼーションを求める障害児・者を目の前にして、みなさんに自分のこと、自分の友達のこと、自分の教え子のこととして考えてもらいたいと思います。
Posted by 会員会員 at 2010年03月20日 06:37
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