2012年04月18日

浪人制香川県立高等学校8年生のスタート

浪人制香川県立高等学校8年生のスタート

このウサギの写真の周りが黒いですが、ケッシテ”らび”が死んだわけではありません。
浪人制香川県立高等学校8年生のスクーリングの学習ノート(ウサギの写真がかわいいでしょう~)です。

4月13日(金)に、毎年行なっている高校受検の個人情報と今年度の定員内不合格者数(後日アップします。)の公開がありました。
”浪人制香川県立高等学校”のスクーリングということで、この日は3人のmy高校の先生(?)との初顔合わせがありました。
担当のカチョウホサさんは、ワタシが始めて高校受検した時の特別措置担当の先生でした。7年ぶりに高校の現場から教育委員会に帰られたそうです。mamaは当時の先生とのやり取りを思い出したそうで、そのことを伝えると先生もおぼえているとおっしゃっていました。それがどんな話かワタシタチには分かりませんでしたが・・・・・。

今年は、”らび観察記録”はなくなっていました。

ひさびさに”ワニなつ”ノートを転載します。
ワタシのことも書いていてくれています。ご支援アリガトウゴザイマス。



2012/4/11 13:53
定員内不合格という人権侵害  0点でも高校へ


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「手をかすように知恵をかすこと」にコメントがありました。

今年の受験では、会から10人の子どもが受験し、前期・後期・二次・追加募集の4回の受験を経て、9人が合格しました。
とうとう会の子どもたちの合格が100人を超えました。

それでも、一人だけ「定員内」で「不合格」にされる現実があります。

そんな時期に、「手をかすように知恵をかすこと」へのコメントなので、つい返事が長くなりました(o|o)

     ◇      ◇      ◇

【ブログ拝見しました。知的障碍のある方の高校入学について、「点数が足りない」から試験に落とされるのは「公平」ではないとお考えのようですね。

それでは、身体や知的に何の問題もないごく普通の学生が自分の学力では到底入学できそうにないレベルの高い高校や大学に入学しようとして入学試験を受けても「点数が足りない」との理由で落とされるという場合とどのように違うかが私にはわかりません。

もし何らかの違いがあると思われるならばご説明していただけないでしょうか。
あるいは、試験や競争そのものを全て否定されるものとお考えですか。

ただ、私も障碍のある方とそうでない方が共存できる社会にしていくことは理想的だと考えます。
長文失礼しました。】
    


 ◇      ◇      ◇


「試験」を、何のために行うのか、という考え方の違いなのかなかと思います。

「試験」は絶対的なものではなく、次の記事のように、「合格率を高めるため」に、「試験時間を延長したり、問題文すべての漢字にふりがなを付けたり」することができるのです。
その「制度」を作る側の考え一つで、結果は変わります。

     ◇      ◇      ◇



【ふりがな、時間延長…外国人の看護師試験改善策】
(2012年3月23日 読売新聞)

 小宮山厚生労働相は23日午前の閣議後記者会見で、外国人看護師の国家試験合格率を高めるため、2012年度に実施する次回試験から、試験時間を延長したり、問題文すべての漢字にふりがなを付けたりするなどの改善策を導入する考えを明らかにした。

 介護福祉士の試験についても今後同様の対応を検討する。

 経済連携協定(EPA)に基づき、インドネシアとフィリピンから来日した看護師候補者は、2008年以降572人いるが、昨年までの合格者は19人にとどまっていた。

 政府部内では、英語や母国語での試験を併用することも議論となったが、厚労省の有識者検討会は今月とりまとめた報告書で、医療安全の観点から「日本語による国家試験が必須であるとの意見が多く示された」と明記。

このため、「日本語が障害になっての帰国にならないよう」 (小宮山厚労相)特例を実施することにした。
   

  ◇      ◇      ◇


また、試験そのものが、「やむをえない害悪」(文部省)という場合もあります。

昭和24年に「文部省」はこう言っています。




「入学者の選抜を望ましいものであるという考えをいつまでももっていてはならない。」

「選抜はやむをえない害悪であって、経済が復興して高等学校で学びたいものに適当な施設を用意することができるようになれば、直ちになくすべきもの」

「高等学校はその収容力の最大限度まで、国家の全青年に奉仕すべきものである。」
   


  ◇      ◇      ◇


前置きが長くなりました。

まず質問を分けます。
私は、大学の受験については触れていません。
私が差別的な制度だと思うのは、「高校受験」です。

高校の受験と、大学の受験は、まったく違います。
高校の進学率は限りなく100%に近い数字です。
中学生の人生、実生活の中で、「中卒」という現実に出会うことは極めて稀です。
それに対して、短大は6%、大学も50%前後です。
それは「自分で選んでいい」というのが、誰の目にもあきらかな数字です。

私は、大学にも、知的障害のある人が学んでいたり働いている方が、豊かな研究ができると信じていますが、それはまた別の話。

高校で教育の仕事をしているにも関わらず、「高校受験」と「大学受験」の違いが、まったく分かっていない先生が大勢います。
「試験の点数」を取れなければ、不合格は当然、という「常識」を身につけすぎたことで、「差別」に鈍感になる人たちがいます。
試験の意味も、選抜の意味も、考えることができないのでしょう。


高校受験と大学受験の違いのいくつか。
高校は、後期中等教育といって、中等教育にあたります。
世界の子どもの人権の一つに、教育を受ける権利があります。
子どもには、誰でも、教育を受ける権利があります。

その教育とは、初等教育、中等教育です。
そして、これらの教育は、「無償」で受けられることが望ましいと世界中で考えられています。

ようやく日本でも、去年から高校の授業料が無償化されました。

また日本は学校を建てられない貧しい国とは違いますし、子どもの数が減り続けていますから、高校の数が足りないことはありません。

建物はある。先生もいる。授業料は無償。
日本に生まれた子どもは、小学校、中学校、高校で、教育を受ける権利が保障される準備ができています。
実際、養護学校高等部では、希望するすべての生徒が、高校生になれます。
100%です。
大学生のあなたが生まれるずっと前から、養護学校に通う障害児は100%高校進学が保障されてきたのです。
いわゆる「希望者全入」です。

しかも、高校生活を保障するために「就学奨励費」も支給されます。
就学奨励費の中身は以下のようなものです。
「手厚い」教育というのは、こうした面では本当です。

①教科書購入費、②学校給食費、③通学費、④帰省費、⑤職場実習費、⑥交流学習費、⑦寝具購入費、⑧日用品等購入費、⑨食費、⑩修学旅行費、⑪校外活動費、⑫宿泊学習費、⑬学用品購入費、⑭新入学用品費、⑮通学用品購入費

そう、学力テストの「点数が取れない」障害があっても、初等、中等教育は保障されるのが当たり前だから、この国では、普通学校よりお金のかかる養護学校を建設し維持しています。

私が不公平だと思うのは、養護学校ではなく、ただ兄弟や地域の友達と一緒に学びたいと、普通学級で教育を受けて、義務教育を終えた子どもたちだけが、高校への道を断たれ、切り捨てられていることです。

「障害」があるから不合格は、差別です。
では、障害のために「できない」ことを、理由にして不合格にするのは、なぜ「公平」と言えるのでしょうか。
 


    ◇      ◇      ◇


今年の話です。

Y君は前期入試で、地域の全日制高校を受験しました。
2倍近い倍率で、不合格でした。

残念ですが、それはそれでありだと私は思います。
私は、障害児だから第一希望がかなうのが当然だと思っているわけではありません。
幸い、前期試験では、クラスの仲間の半分が不合格になります。志望校に落ちて、悔しい思いをすること、悲しい思いをすることもありだと私は思います。

後期入試でも、Y君は同じ全日制高校に挑戦しましたが、不合格でした。

この時点で、進路の決まっていない子は、ほとんどいません。
そして、この数日後が中学の卒業式。
卒業式の日に、進路が決まっていない生徒は、ほとんどいません。
「卒業おめでとう」という言葉が行き交うその日、行き場のない子どもの不安はどれほどのものでしょう。

卒業式の後、二次募集があります。
Y君は、定時制高校を受験しました。
受験者は定員以下でした。
しかし、Y君は不合格でした。

3月末、Y君は、最後のチャンスである「追加募集」の受験に挑戦しました。
20人募集の定時制高校で、受験者は2名でした。
これでようやく高校生になれると、私たちは願いました。

結果は不合格でした。

合格は一人。

定員はまだ19人空いています。
1クラスのまだ半分は空席です。

不合格の理由は、点数が取れない、からです。
それは、障害がある、から、ということに他なりません。

香川のらびさんは、8年間、定員内不合格という差別を受け続けています。
今年も高校生にはなれませんでした


席が空いているバスや、レストランで、肌の色が違うからと、座ることを許されなかった社会と、これは何が違いますか?

肌の色という理由は差別で、試験で点数が取れないのは、「正当」だと、高校の校長が自信をもっているこの社会は、アパルトヘイトと同じです。

子どもの教育の仕事をしている人が、子どもの成長に関わることを生業としている人が、定員があいているのに、席があいているのに、つきあいたくない、座らせたくないからと、追い出す理由が、「点数」であり、学力である、ということ。
そして、その相手は、その「点数」をとることに「障害」がある子どもなのです。

これを不公平というのだと、私は思います。

Y君や、障害のある子どもたちが、「かわいそう」なのではありません。

私は、こんな「いかさま」で、ごく一部の子どもたちを、だましている社会に暮らしている自分が、悔しいのです。


「高校入試は公平だよ」
「受験する機会は、誰にも平等だよ」

「養護学校高等部なら、誰でも入れるよ。希望者全員、高校生になれるよ。高校生になりたいなら、養護学校に行きなさい」

その仕組みの中で、どれだけの親子が、「養護学校」を「選ばされている」ことか。
子どもに「教育」を受けさせてあげるために、親があきらめなければいけないものが、「地域」であり、「地域の友だち」、「兄妹とは別の小学校」です。

高校入試の話は、単に、「試験」の話ではありません。


「にんげんにとって
ほんとうのまずしさは、
しゃかいにみすてられ、
じぶんはだれからも
ひつようとされないとかんじることです」
(川口武久)


「障害」のある子どもが、小学校の6年間を同級生たちと一緒にどのように生きてきたか。
中学の3年間を仲間のなかでどのように生きてきたのか。
そうした暮らしの一秒さえ理解できず、「定員」が空いている教室の椅子を平気で片づける校長という人間が、「にんげんとして、ほんとうにまずしいにんげん」だということは確かなことだと、わたしは思います。









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